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広島家庭裁判所呉支部 昭和56年(少)981号 決定

少年 O・D(昭三八・一・一四生)

主文

この事件について審判を開始しない。

理由

(検察官送致にかかる非行事実)

検察官から送致された本件非行事実は、

「少年は、昭和五六年六月一九日ころの正午ころ、広島県安芸郡○○町××番地の×自宅において、A子(当一六年)が一八歳未満であることを知りながら、同女と性交をし、もつて青少年に対して淫行をしたものである。」

というものである。

(当裁判所の判断)

一件記録によつて前記送致事実自体(すなわち、「淫行」と評価されるか否かの点を除くその余)は認められるが、本件は広島県青少年健全育成条例二八条一項にいう「淫行」には該たらず、非行なしと判断する。その理由は以下のとおりである。

同条例二八条一項は「何人も、青少年に対し淫行又はわいせつ行為をしてはならない。」と規定し、これに違反した者は一年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処せられる(同条例三六条一項)。この「淫行」とは、一般に、社会通念上反倫理的なものとして非難に値する性交又は性交類似行為(換言すれば、みだらな性行為)をいうものと解されているが、刑法一七七条が一三歳以上の婦女に対する姦淫については暴行、脅迫を以てする場合以外は処罰していないこと(両者はその目的、趣旨を異にするとはいえ、実質的にみる限りその規制事項に同一の面があることは否めない。)や青少年自身の性的自由の問題(青少年の愛情を伴わないその場限りの情事あるいは性的遊戯は決して好ましいものではないが、「愛情」を伴うかどうかといつても人によつて解釈の差が大きく、そもそもこれらの行為を罰則をもつて広く禁止するのは問題が残る。)、プライバシーの保護(広く処罰することになれば、その捜査、調査に名を藉りて青少年自身のプライバシーを侵害する危険が高い。)の見地から、また「青少年に対して」という文言からしても、より限定的に、青少年に対して心理的に優位な立場に立つている者が、この立場を利用して、青少年の精神的、知的な未熟さや情緒的な不安定につけこんだような形態で、すなわち、誘惑、威迫、欺罔等の手段を講じ、あるいは青少年の困惑、自棄につけこむ等して青少年を自己の性的行為の相手方とせしめたような場合のみを指すものと解すべきである。

ところで、A子の司法警察員に対する各供述調書によれば、同女は当時高校一年生で、本件の前日午後から怠学して海水浴場をぶらぶらしていた時に少年に声をかけられはじめて知りあつたこと、その時同女の方から「どこかへ行こう」と言い出し少年の自宅へ遊びに行つたが、その日は雑談をしただけで夕方少年が家まで送つてやつたこと、なお、雑談の中で少年が「彼女を世話してくれ」と言つたのに対し同女が「おらんよね、私でどう」と言つたことから二人は何となくつき合うという雰囲気になつたこと、翌日(本件当日)午前、同女は学校へは行かず少年の自宅へ遊びに行つたが、部屋で雑談しているうちに性交するに至つたこと、同女はそれまでにも他の男性との間で性交の経験が何度かあつて、少年から求められた時も何らの抵抗感なく自然にこれを受け容れたこと、本件によつて同女が何らかの精神的ショックを受けたというようなことはないこと、以上の各事実が認められる。

これらの事実に基づいて検討するに、相手方であるA子は高校生であつて、性的にも相当程度の知識、経験を有しているとうかがえるし、二人が知り合つた経過、性交に至つた経過に照らしてみても、少なくとも少年の方が同女よりも心理的に優位な立場に立つていたとは言い難いし、少年が同女に対して前記のような手段を講じたとか、同女の困惑等につけこんだという事情も全くうかがえない。「淫行」に該たらないというべきである。

よつて、少年には非行がなく、審判に付することができないので、少年法一九条一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 貝阿彌誠)

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